Last Updated on 2026年10月28日 by zgurdu
「ソファから飛び降りただけなのに、前足を浮かせたまま歩かなくなった」。
動物病院の受付にいたころ、こうした電話を何度も受けました。
はじめまして、茨城県ひたちなか市でペット専門のライターをしている佐伯真由です。
都内の動物病院で動物看護師として9年働き、整形外科の手術が多い病院で術前の説明補助や術後のリハビリ介助を担当していました。
いまは愛玩動物看護師の資格を持ち、トイ・プードルの「こむぎ」(9歳)と暮らしています。
小型犬の前足の骨折は、特別な事故より、ありふれた日常の中で起こることがほとんどです。
この記事では、前足の骨折が小型犬に多い理由を研究やデータで確かめたうえで、家の中で落下を防ぐ工夫と、万が一落ちたときの動き方をまとめました。
目次
小型犬の前足骨折が多いのはなぜ?
小型犬の前足の骨折は、多くが「前腕」と呼ばれる部分で起こります。
人でいう手首から肘までの間で、橈骨(とうこつ)と尺骨(しゃっこつ)という2本の細い骨が並んでいます。
細い骨に着地の衝撃が集まる
イタリアのパルマ大学の研究チームは、大型犬・中型犬・トイ種の28頭の前腕をCTで調べました。
体の大きさに見合った負荷がかかったとき、トイ種の前腕は大型犬よりも骨の形の点で折れやすいと報告しています。
同じ論文では、トイ種の前腕骨折は落下や飛び降りのあとに起こりやすく、骨の手首側3分の1に集中するとも述べられています。
日本でも、着地の衝撃をコンピューター上で再現した研究があります。
山口大学などの研究チームは、トイ・プードルとダックスフンドの前足の骨をCT画像から立体模型にして、高さ40cmから跳んで着地したときに骨のどこに力がかかるかを計算しました。
トイ・プードルは橈骨と尺骨の手首寄りに力が集中し、ダックスフンドよりも大きな力がかかる結果になっています。
くわしくは日本獣医学会の学術誌に掲載された論文の抄録で読めます。
40cmは、わが家のソファの座面とほぼ同じ高さでした。
毎日のように飛び降りている場所が、骨には大きな負担になっているわけです。
骨の先のほうは血の巡りが少ない
小型犬の前足の骨折は、折れやすいだけでなく、治りにくいことでも知られています。
アメリカのタフツ大学の研究では、体重6kg未満の小型犬は大型犬に比べて、橈骨の手首寄りの部分で骨の中の血管が少ないことがわかりました。
研究チームは、この血流の少なさが、小型犬で骨のつきが遅れたり、つかなかったりする一因になっている可能性を指摘しています(PubMedの論文要旨)。
手首まわりは筋肉や皮下の組織も薄く、骨をおおうクッションがほとんどありません。
現場でも、小さな子ほど治療が長引きやすい印象がありました。
保険データでも目立つ犬種がある
アニコムがペット保険「どうぶつ健保」の保険金支払いデータなどをまとめた『家庭どうぶつ白書2025』では、犬種ごとに「他の犬種に比べてかかりやすい病気」が並んでいます。
その中で「骨折(前肢)」が上位に入っている犬種を抜き出すと、次のようになります。
| 犬種 | かかりやすい病気での順位 | 請求割合 | 犬全体の請求割合 | 年間診療費(平均) |
|---|---|---|---|---|
| イタリアン・グレーハウンド | 1位 | 2.7% | 0.3% | 306,935円 |
| ポメラニアン | 2位 | 0.9% | 0.3% | 233,484円 |
どちらの犬種も、骨折(前肢)の請求が最も多かった年齢は0歳でした。
迎えて間もない子犬の時期は、特に気をつけたい時期といえます。
動物病院が独自に目安を出している例もあります。
茨城県水戸市の水戸動物病院の整形外科への取り組みを紹介したページでは、犬種別の一覧でチワワ、トイ・プードル、ポメラニアン、イタリアングレイハウンドの骨折を「起こりやすい」に分類しています。
同じページには「特に多いのが、小型犬の落下による前足骨折」という記載もあり、現場の実感としても多いことがうかがえます。
家の中で骨折が起きやすい場面
前足の骨折のきっかけは、ほとんどが家の中のちょっとした高さです。
私が病院で耳にしたのは、次のような場面でした。
- 立ったまま抱っこしていて、犬が身をよじって腕からすり抜けた
- 子どもが抱っこしていて、そのまま落としてしまった
- ソファやベッドから勢いよく飛び降りた
- 椅子やテーブルの上に乗せたまま目を離した
- フローリングで足を滑らせて転んだ
- 足元にいるのに気づかず踏んでしまった、ドアに挟んだ
なかでも多かったのは、抱っこからの落下とソファからの飛び降りです。
家族が帰ってきた瞬間や、インターホンが鳴ったときなど、犬が興奮した拍子に起こりがちでした。
迎えたばかりの子犬は、まだ抱っこに慣れていません。
飼い主さんの側も、体の小ささや動きの速さをつかみきれていない時期です。
家に来て最初の数か月は、犬も人も練習期間だと考えて、高い場所に乗せない習慣を早めにつくっておくと安心です。
落下を防ぐ住まいの工夫
部屋を全部作り変える必要はありません。
犬がよく過ごす場所から順番に見直していくのが続けやすいと思います。
ソファとベッドは高さを減らす
いちばん確実なのは、犬をソファやベッドに上げないことです。
とはいえ、一緒にくつろぐ時間を楽しみにしている飼い主さんも多いはずです。
上らせるなら、飛び降りなくても済むようにステップやスロープを置いてあげましょう。
ステップは一段ごとの高さが低く、踏み板が広いものが向いています。
スロープは表面に滑り止めのあるものを選び、角度をゆるやかに保てる長さのものにします。
こむぎが膝の手術をしたときも、退院前にソファの横へ低いステップを置き、飛び降りの癖を少しずつ直しました。
最初はステップを無視して飛び降りようとするので、降りる前に「待て」で止め、ステップを一段ずつ下りられたらおやつをあげる練習を繰り返しました。
1週間ほどで、自分からステップを使うようになりました。
ローソファやすのこベッドのように、そもそも座面の低い家具に替えるのも一つの方法です。
床は滑りにくく
フローリングは犬の足裏が滑りやすく、踏ん張りがききません。
環境省の『住宅密集地における犬猫の適正飼養ガイドライン』でも、フローリングで滑って関節を痛める事故が起きることがあるとして、滑る場合はカーペットを敷くなどして歩きやすくするよう呼びかけています。
ソファの前やベッドの下、廊下の曲がり角など、犬が着地したり方向転換したりする場所から優先して敷くのがおすすめです。
タイルカーペットなら汚れた部分だけ外して洗えるので、粗相が心配な子犬期にも扱いやすいです。
滑り止めのコーティング剤を床に塗る方法もあります。
抱っこは低い姿勢で
抱っこ中の落下は、立ったままの高さから落ちることが多く、衝撃も大きくなります。
抱き上げるときと下ろすときは、しゃがんで床に近い位置で行うようにしましょう。
片手で胸の下を、もう片方の手でお尻を支え、体を飼い主の胸に密着させると犬も安定します。
脇の下に手を入れて持ち上げるだけの抱き方は、すり抜けやすいので避けたいところです。
犬が暴れ出したら無理に抱き続けず、いったん床に下ろしてください。
ソファに座って膝の上に乗せているときも油断はできません。
外の物音や家族の気配に反応して、膝から勢いよく飛び出すことがあります。
膝に乗せている間は、片手を犬の体に軽く添えておくと、飛び出しそうな気配にすぐ気づけます。
家族でルールをそろえる
自分が気をつけていても、家族の誰かが知らなければ意味がありません。
わが家では次の表のような決まりを冷蔵庫に貼っていました。
| 場所・場面 | よくある事故 | わが家のルール |
|---|---|---|
| 抱っこ | 腕からすり抜けて落ちる | 抱っこは座ってから。子どもは床に座ったときだけ |
| ソファ・ベッド | 飛び降りて前足をつく | ステップを使う。勝手に上がったら抱いて下ろす |
| 床 | 走って滑る | 着地する場所と廊下にマットを敷く |
| 玄関・ドア | 足元で踏む、挟む | ドアを閉める前に犬の位置を確かめる |
| 来客・帰宅時 | 興奮して飛び跳ねる | 落ち着くまでサークルで待ってもらう |
小さな子どもがいる家庭では、「抱っこは大人だけ」と決めてしまうほうが安心かもしれません。
もし落ちてしまったら
どれだけ気をつけていても、事故がゼロになるとは限りません。
落ちたときの動き方を知っておくだけで、慌てずに済みます。
様子見しないほうがよいサイン
落ちた直後に何事もなかったように歩いていても、しばらくしてから足をかばい始めることがあります。
次のような様子があれば、その日のうちに動物病院へ連絡してください。
- 片方の前足を浮かせたまま歩く、地面につこうとしない
- 前足を触ると鳴く、怒る
- 手首のあたりが腫れている、熱を持っている
- 足の向きや形がいつもと違う
- 同じ場所をしきりに舐めている
落ちる瞬間を見ていなかったけれど、帰宅したら足をかばっていたというケースも少なくありません。
元気や食欲がいつも通りでも、骨が折れていることがあります。
「歩けているから大丈夫」と判断せず、受診してレントゲンで確かめてもらうのが安心です。
病院へ運ぶまで
痛がっている足を、曲げたり伸ばしたりして確かめるのはやめましょう。
骨のずれが大きくなることがあります。
バスタオルで体ごとそっと包み、痛む足が圧迫されないように抱えてキャリーに入れます。
普段は大人しい子でも、痛みで咬むことがあるので気をつけてください。
出発する前に、病院へ電話でいつどこから落ちたか、どの足をかばっているかを伝えておくと、受付から診察までがスムーズです。
添え木や包帯を自己判断で巻くのも、かえって悪化させるおそれがあるので控えたほうが無難です。
夜間や休日に受診できる病院は限られます。
かかりつけの診療時間外にどこへ行けばよいか、元気なうちに調べてメモしておくと心強いです。
治療の考え方と費用の目安
小型犬の前腕骨折では、ギプスなどで外から固定するだけでは骨がうまくつかないことがあります。
そのため、金属のプレートとネジで骨を内側から固定する手術が選ばれることが多くなっています。
2017年に米国獣医師会の学術誌に掲載された報告では、体重7kg以下の小型犬102頭にプレート固定を行い、最終診察の時点で95%の犬に足を引きずる様子が見られませんでした。
プレートを後で取り出すかどうかは、骨の太さや治り具合を見て獣医師が判断します。
手術の方法や費用は病院によって違うので、説明を受けるときに入院日数や再診の回数まで確認しておくと、あとで戸惑いません。
費用の目安としては、先ほどのアニコムの白書で、骨折(前肢)の年間診療費の平均がポメラニアンで233,484円、イタリアン・グレーハウンドで306,935円でした。
決して小さな金額ではないからこそ、予防にかける手間は十分見合うと私は考えています。
手術のあとの暮らし方
退院してからの数週間は、骨がしっかりつくまでの大切な時期です。
この時期に走ったり飛び降りたりすると、固定した部分に負担がかかります。
リハビリ介助をしていたころ、飼い主さんにはよく次のようなことをお願いしていました。
- 獣医師の許可が出るまでは、サークルやケージの中で過ごさせる
- サークルの床には滑りにくいマットを敷く
- 散歩を再開する時期や距離は、再診のときに獣医師と相談して決める
- 傷口を舐めないよう、エリザベスカラーなどは指示どおりに使う
元気が戻ると、犬はすぐに以前と同じように動こうとします。
ここで紹介した住まいの工夫は、再骨折を防ぐ意味でも役に立ちます。
まとめ
小型犬の前足は、細い骨に着地の衝撃が集まりやすく、骨の先のほうは血の巡りも少ないため、折れやすく治りにくい部位です。
とくに子犬の時期は、ソファからの飛び降りや抱っこからの落下に気をつけてあげてください。
- ソファやベッドにはステップを置くか、低い家具に替える
- 着地する場所と廊下には滑りにくいマットを敷く
- 抱っこはしゃがんだ姿勢で、家族全員でルールをそろえる
- 落ちたら様子見せず、その日のうちに動物病院へ相談する
ちょっとした段差を見直すだけでも、防げる事故はあります。
今日はまず、愛犬がいつも飛び降りている場所をひとつ探してみてください。